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市会と乞食問題

満洲タイムス社『満洲タイムス廃刊記念謝恩誌』(1941)

四十四、市会と乞食問題

 この頃大連市内に約一千ニ、三百名の乞食がいた。何といっても見られた光景ではない、出来るならばこれを処理する事は市の美観衛生問題もあるが第一人道問題の解決をも意味する。そこで私はこの事において宏済善堂当局に対策を要望し、善堂当局においては、
「現規程においては乞食処理は事業に含まれていない、しかし問題は重大であるから何か考えたい」
 というので数回にわたる評議員会の結果、大連市に対して補助金の増額を願い出て、大連市においてこれを承認したれば直ちに乞食処理を業務とする事を関東庁に認可申請しようという事になり、大連市に対して善堂より詳細明記して補助金の増額方を出願したのであった。しかるに大連市においてはこの大問題をなんと考えたのか、一万円増額の願出を五千円に切り下げ乞食処理の問題に対しては一顧だにしなかった。よって善堂ではその増額によって指令の通り施療には増強したが乞食処理については少しも手を触れる事がなかった。後日善堂当局は私に対して
「あなたは非常に乞食の事を気にして居られ私共も同感であるが大連市当局においてはお互いが考える程老えていないのですネ」
 と笑いながら語った。爾来じらい五年を経た今日では市制も改正されて「乞食問題」も相当に注意される所となっているらしいが、かつてはこんな時代もあったのである。しかし惜しい事は、当時の善堂当局の意気を解消させた事であり、それは
「当時善堂の補助増額は一万円であるが、この補助増額が承認されれば善導の事業項目中に乞食処理の一項が加えられる。しかもこの一項が追加された後における失費は到底市の補助金で足りるものでない。しかし善堂としては乞食はすべて同胞であり人道上当然処理せねばならぬ。故に当然出るであろう経費の赤字は評議員を初め全市の満支人で負担しよう」
 この様な決定を底意そこいとして市に補助を出願したのであったのに、市が関心乏しきに基づき市でもさほどに考えていなければ此方こちらもそれ程身銭を切るまで力瘤を入れるに及ばぬとなった一事である。今後は市当局も既に考えている如く関心するであろうが、善堂当局に前日のこの意気を復活させる事はけだし至難であろう。とにかく当局の暗愚誠に惜しい機会をのがしたと今も残念に思う。

満洲タイムス社『満洲タイムス廃刊記念謝恩誌』(1941)p098-100

※文章は読み易くするため適宜、旧漢字は新漢字に、ルビや送り仮名、仮名づかいなども訂しています。

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