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機関銃(1)

文教書院『村の学校─校長の手記』古川政次郎(1941)

〔一九〕機関銃

 毎年一月は、村役場で来年度の予算を編成しなければならない。予算は庶務主任がやる。この村では助役が兼庶務主任で勝手にやっている。村長は助役に任せる。任せねば助役がすねて仕事をしないのである。その辺はすこぶるデリケートな関係があるらしい。

 去る十月の中旬に、この村の青年学校の査閲さえつがあった。この学校は機関銃を持たない。査閲官の大笠大佐が講評の時、生徒はこれだけ熱心にやっているのに、機関銃を持たないのは惜しい事だ。村の当局者なり、学校長さんなりで、何とかして買って貰うように尽力じんりょくして貰いたいという話があった。その時は村長も助役も列席していた。時局柄でもあって、青年教育の重要性から、機関銃を購入してやって、大いに青年の意気を高揚してやることは当然のことである。

 この附近の青年学校では、どこも二挺、少なくても一挺は購入しているのに、この学校のみが未だ持たない。校長としては心苦しいことである。今年はどうあっても予算に編んで貰って、購入せねばならないと思っている。

 それにつけて思い出すことは、去年三月、郡青年学校の連合演習の時であった。この村の青年学校は、お隣の白旗村青年学校と組んで一中隊を作ることになっていた。ところが白旗村青年学校から、都合で自分の村だけで一中隊を作りたいからという手紙を受け取った。妙なことを言うと思って、いろいろ調査してみると、実はこの村の青年学校が機関銃を持たぬゆえ、合同は厭だという理由で断って来たことが解った。その事を聞いて、校長は憤慨したのである。お隣同士の事で、何かにつけ、助けもし助けて貰わねばならない間柄だのに、同情どころか、反対の態度をとられたその精神が気に食わない。僅か七十五円の機関銃だ、何とかして買わずにおくものかと思ったがその場合は仕方がない、この不名誉をそそぐ機会もあろうと思って、やむなく対策を考えた。

 少し離れてはいるが、波寄村青年学校の主任指導員が、以前校長の部下であった関係があるので、そこへ泣きついてみようと思って、早速、波寄村青年学校に行って事情を打ち明けて相談した。校長も主任指導員も同情して、合同を快く承知してくれたので、やっと校長は安心した。つまり、機関銃を一つ貸してくれるようなものである。

 こうした苦しい校長の心境を、村の人は知ってくれない。

 こんないきさつもあって、今度の予算にはどうあっても編んで貰って、最新式の機関銃に、出来ることなら、擲弾筒てきだんとう※1、防毒面※2なども揃えて貰いたいと校長は思っている。ここの村の当局は案外に教育方面に理解のないのはどうした原因であろうか。ともかく、順序の道は踏まねばならないので、校長は早速、村役場に出掛けた。役場に行くと、助役は例のように丸くなるように和服を重ねて、焼物火鉢を抱いて新聞をみている。足の方にも火鉢をおいて股あぶりをしている。村長は宿直室に、大きな箱火鉢に手を伸ばして村のなにがしと雑談に笑い興じている。村役場は忙しいという噂をいつも放送されているが、実際役場に行ってみると誠に悠長な気がしてならない。

 校長は事務室に軽く会釈をして、村長のそばに座った。

「村長さん、予算のことで少し相談にまいりました。機関銃のことですが、この近所ではこの学校だけが機関銃を持ちませんし、査閲の時も査閲官があんなに申されましたし、こんどはどうあっても買って貰いたいと思いますが」

「それは助役どんにようく言うて、買うて貰うようにしなされ。わしが言うと、なんのかんのというてかえっていかん。助役さんをおだててみなさい。あの助役どんは持ち上げんといけまっせんぞ、あははははは」

 村長さんは決して他意はない、平和主義もわかる。助役との関係が面白くないので、村長さんとしてはああでる他はないであろう。それにしても、村長さんが機関銃の一挺や二挺買うのさえ助役の機嫌をとらねば出来ないようでは、心細いことである。

 それに頭を下げて助役に相談するのも本意でない。あの人は聞き届けるにしても、自分の金でもやるように恩に着せる。だが、村長さんが助役に相談してくれという事だし、当たってみなければならないと覚悟した。


※1 擲弾筒……手榴弾などの擲弾を発射する武器。グレネードランチャー 
※2 防毒面……ガスマスクのこと 

文教書院『村の学校─校長の手記』古川政次郎(1941)p162-181

※文章は読み易くするため適宜、旧漢字は新漢字に、ルビや送り仮名、仮名づかいなども訂しています。

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