> > > 機関銃―『村の学校─校長の手記』

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機関銃(3)

 校長は道々考えた。もう少し青年たちの心持ちを考えて貰ったら、同情的な挨拶もあろうに、助役は買ってやらぬと頭から定めて、あとで理由を考えているようである。助役にそう頭を下げて相談すべきものでもないし、成り行きに任せておけと思いながら、それでも何とかならないものかと考えるが、良案が出ない。江戸のかたきを長崎でやると言うように、自分に対しての私憤をもって公事を取り扱っているように考えられてならないのである。

 こうなれば村長も責任がある。いくら助役が聞かないからといって、助役に責任を負わせて自分は知らないということでは村長として済むまい。村長さんも青年教育について今少し考えて貰わねばならないなど、校長は不服をいろいろ考えながら道を歩いた。

「江副主任指導をちょいと呼んでくれ」

 校長は、その日学校に来ていた江副指導員を呼んだ。江副は早速校長の前に来た。

「はい、何か御用ですか」

「機関銃は駄目だよ」

「買うてやらんと村長が言うですか」

「村長さんが助役さんに相談しろということだったから相談してみたが、どうもうまくいかん。何とかかんとか言ってね」

「全然駄目ですか、そりゃけしからんですな。村長も助役も青年教育には理解がないですね。あの助役は怪しからん人物ですよ。料理屋に行って金を使うそうですよ。あんな男が助役なんぞをしているからこの村は発展せん。青年教育には全く理解がないですね」

「あの助役さんは僕には調子が悪くてね、困ったもんだよ」

「校長先生、一つよい方法がありますよ」

 江副指導員は少し笑顔で、耳元に口をよせてささやくのであった。

「あの助役は、安井料理屋に近頃花子という別嬪べっぴんが来ちょるそうですたい。助役はその別嬪にまいっておるそうです。そりであそこの料理屋に行って、その別嬪を心配してやると、それならきっと買うてやるですよ。校長先生、一つその手でやってみんですか」

 この江副指導員の計画には、校長もおかしかった。

 しかし怪しからん話材わざいを聞いたものだ。この苦肉の策が世間にもれたら此方こちらの不名誉になる。これは実行するわけにいかない。

「それは面白いね。しかし、そんなことして、世間の物笑いになっても可笑しい。まあそのうちに何とかなろうよ」

 校長はそう言った。江副は残念そうな顔をしていた。

 それから校長は色々考えた末、とどのつまりは、寄付金を募って購入するより他はない。まず自分が誠意を示して十円寄付したら、村長さんが十円はしてくれよう。助役が五円、村会議員や区長が三円平均してくれたら、区長が十四人で四十ニ円、村会議員が十五人で四十五円、その他に有志の寄付募集をしたら、二百円近くの金が集まるではないか。その方法で村の有志を納得させようと考えた。

 いよいよ来年度の予算村会が接近した。校長は寄付名簿をちゃんと作って、懐に隠していた。

 村会は二月の十四日であった。その日は雪がちらちらと落ちていた。例の二階の会場では大火鉢に火を盛んに焚いていた。平素威張っている役場吏員りいんも、予算会の時だけは議員へ会釈をする。給料や賞与金などを少しでも多くして貰う為には、議員達の機嫌を損じてはならないからだ。

 議案の朗読が終わると十二時となった。ここで、暫く休憩となって、議案の吟味が始まるのである。

 その時、校長がひょっくり立ち上がった。

文教書院『村の学校─校長の手記』古川政次郎(1941)p162-181

※文章は読み易くするため適宜、旧漢字は新漢字に、ルビや送り仮名、仮名づかいなども訂しています。

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