「助役さん、こんにちは」
「やあ、こんにちは」
そう言って、咳を二つ三つ続けた。
「助役さんは風邪ですか」
「へぇ、風邪をひきました。ゴホン、ゴホン」
話す一方で咳をやる。
「用心せんといけまっせんよ、寒か、ですから」
「着物をうんと着ちょりますばって、やはりよくならんですな」
こうして座談をする時は、助役も大して毒気を吐かない。しかし、何か利害問題になると、人物がまるで生まれ変わったようになるから不思議である。
「助役さん、今日は相談にまいりました。そろそろ来年度の予算も作るころになりましたので前もってお願いしたいと思って、それは青年学校の機関銃のことですが、先だって、査閲官の大笠大佐が話されたこともありますし、今年はどうあっても買うて貰いたいと思いますが」
校長は、辞を低くして話を切り出した。
「機関銃は一体どの位しますか」
「七十五円です。しかし袋が要りますし八十円はかかります。一つではどうも都合が悪いです。演習の時も両方に一つずつ要りますから、やはり二つ欲しいです。大抵の青年学校は二つ持っています。それに擲弾筒や防毒面なども揃えております。そんなのは後廻しにしても、この際、機関銃は二つ買うて貰いたいですが」
「ちょっと二百円ですな」
「二百円作って貰えば結構です」
「えらい金高なもんですな。二百円という金はむづかしいですなあ。何分この村は貧弱村ですからな。税金を制限一杯にかけておって、この上村税を増すことになれば、内務大臣の認可を受けにゃならんことになっちょりますよ。この際、二百円という金はちょっとむづかしかですな」
校長は、最初からうまくゆかない予感がしていたが、果して事実となって来た。校長にとっては助役はどうも苦手である。ちょいちょい衝突をするのである。考えてみれば、熊一の教員採用をしなかった以来のことである。助役はなにか問題があれば、校長の立場を困らせようとする態度のように校長には思われてならない。
「助役さん、青年が可哀想ですね。我々の立場としてすまない気で一杯ですよ。他所の青年学校はみんな持っていますからね。村当局、学校当局の努力の足らない、誠意のないように青年達は思うでしょうね。指導員も機関銃がなくちゃ困ると申しています。買うてやらとすれば不服に思うのは当たり前でしょう。何とかして、買うて貰いたいですがね」
「村長がどんな意見を持っているか知らん」
「村長さんにようく相談してみて下さいませんか」
「村長も村の経済の苦しかこつは知っちょりますけんな、なかなかむづかしかですな」
この風向きでは到底困難だ。何とかほかに方法を考えなければなるまいという気がした。
「ともかく、村長さんと話し合って、購入して貰えるようにご尽力をお願い致します」
校長は、いつまで話しても埒があかぬと思ったので、引き上げることにした。
文教書院『村の学校─校長の手記』古川政次郎(1941)p162-181
※文章は読み易くするため適宜、旧漢字は新漢字に、ルビや送り仮名、仮名づかいなども訂しています。